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[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて

[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_14275338.jpg 1年前になるが香港映画「花様年華」[1][2] を鑑賞する機会があり、その印象が私の心に今も深く刻まれているので、取り上げてみたい。それは鶴岡八幡宮の近くの川喜多映画記念館 [3]で開かれた企画イベント「映画で見るアジアの民族衣装」(2016/11/22-27)の中で上映された作品(2000年製作)で、
[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_14285826.jpg  監督:ウォン・カーワイ(王家衛)
  主人公:チャウ役=トニー・レオン(梁朝偉)
      チャン夫人役=マギー・チャン(張曼玉)
である。この企画イベントの数か月前(2016/8/23に、BBCが発表した「21世紀の優秀な映画ベスト100」では、この「花様年華」が2位に選ばれている。主な舞台は香港の街中の集合住宅の部屋とオフィス、そして石畳の街路である。その限られ場面で繰り広げられる既婚の中年男女が惹かれ合いながら気持ちを重ね合うものの、結局は離れてゆく過程を描いた作品である。
 その心象風景は、香港の狭小な部屋、階段、街路を背景としたヒロインの揺れ動く恋心の変化に呼応したチャイナ・ドレスの色彩と図柄の移ろいが生み出す映像美であり、その場面転換を暗示し繰り返し奏されるいくつかのテーマ音楽である。

 この映画のストーリーの詳細や配役の紹介は、この映画の紹介・解説サイト(例えば[4][5])を参照いただくことにして、本ブログでは、その「あらすじ」を記しながら、ヒロインのマギー・チェンが演じるチャン夫人の身に纏ったチャイナ・ドレスの色彩・図柄の変容を画像で紹介しながら、双方向のコミュニケーションを繰り返す中での揺れ動く彼女の対人感情の変遷を追ってみたいと思う。

<あらすじに沿って>
[Ⅰ]隣人関係から慰め合う関係へ
[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_1430419.jpg[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_14303056.jpg 主人公のチャウ(新聞記者)とチャン夫人(会社の社長秘書)は、それぞれの妻そして夫と、同じ日に街中の同じ共同住宅の隣り合う部屋に引っ越してきて、他の住民との絆も深めながらあらたな暮らしを始めた

 しかし、互いの配偶者は出張不在や夜遅くまでの勤めなどが多く、この住いでのくらしは不在がちであった。そんな中で、二人は言葉を交わし、本の貸し借りをするようになっていった
[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_14315620.jpg[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_14333491.jpg

 ところが、ふとしたことから互いの伴侶同士の不倫関係に気づき、外食を共にしながらその事実への確信を共有し、お互いの配偶者によってもたらされた境遇を慰め合うことで心を通わせるようになってゆく
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 その後、好意を持ちはじめた二人の距離は近づいてゆき、ある日、チャン夫人チャウの部屋を訪ねたとき、共同の住人達の麻雀の妨げで彼女の部屋から出られなくなった。夜遅くまで二人で過ごす中で、の小説家への転身希望も絡んで、互いを理解し、思い合う気持ちは急速に高まっていった
[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_14405556.jpg[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_14412130.jpg

[Ⅱ]男女の愛情関係から揺れ動く愛、そして別離へ
 チャウが作家活動を始めると、チャン夫人は執筆における助言などを頼まれ、不倫関係はないものの、仕事場の借書斎へも通うようになった。彼女も男と女としての愛情を高揚させ、二人の世界からそれぞれの伴侶に対する行動を考え始める
[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_1443660.jpg[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_14433155.jpg

 そんな中で、彼女の協力を得て、夫の不倫を問いただすための演技を練習しようとするが、泣き出してしまう。彼女への思いの確信とは裏腹に、彼女の夫への離別と回帰への心の揺らぎが明らかとなり、ついに二人は「別れ」を決意する
[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_1444568.jpg[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_14451738.jpg

 そしてチャン夫人の誕生日に、ラジオから流れてきたのは、彼女の夫が彼女のためにリクエストした「花様的年華」の曲が奏でる「深く愛しあう二人、幸せな家庭」という歌声であった。

[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_14491081.jpg[Ⅲ]愛の絆の痕跡の追想:異国へそして香港の古巣へ
 チャウは「別離」を確かなものにするためにシンガポール行きを決断し、「シンガポールへの同行」への誘いをチャン夫人に示すが、彼女は断った。分かれた後、彼女は彼のシンガポールの留守部屋を訪ねたことがあった


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 そして3年後に彼女は香港の古巣の住いを子連れで訪ね、管理人としての役割を得ることになった。そのとき、シンガポールからチャウがその古巣を訪ねたが、彼女に気づくこともなかった。




[Ⅳ]見るだけで、触れることのできない過去
[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_14522292.jpg チャウは再び香港を離れて、アンコールワット遺跡を訪ねた。穴の開いた柱を見つけると、そこから「過去(の痕跡)を見た」後、その穴に草を詰めて姿を消した。


<色彩感情および対人認知感情の変容から読み解く>
 色彩が誘発する感情については経験的にも知られているが、学術的には色彩心理学の領域で体系化がなされてきたところである。ここでは、資料[6]に紹介されている文献[7]にある松田らの知見を引用してみよう。次表[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_20221899.jpgは過去の様々な色の感情価(何かの要因によって出現する感情)の研究を整理し、色相(色の種類)・明度(明るさ)・彩度(鮮やかさ)の程度ごとにその「感情の性質」:「色の例」をまとめたものである。
 これと同様の色彩感情に関する知見を直観的に色空間に埋め込んだ「プルチックの色彩感情環」(例えば[8][9])も以下に示しておく。
 その上で、前述の<あらすじに沿って>で示した、チャン夫人のチャイナドレスの基調の色彩・図柄と感情用語を拾い出してみたい。

[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_20344338.jpg①左/平静+/落着き+/元気 [モダンな柄]
①右/平静+/落着き+/元気 [渋い縦縞]

②左/平静+/活動的+/明朗 [無地]
②右/清々しさ+/不安 [細かい網目]

③左/寂しさ+/興奮+/安らぎ [込入った花]
③右/寂しさ+/喜び+/愉快 [優美な花]

④左/純粋+/落着き [細かい格子]
④右/元気+/落着き [波型曲線]

⑤左/激情+/純粋+/不安 [無地&斑]
⑤右/若々しさ+/純粋 [大きなチェック]

⑥左/純粋+/悲哀 [鮮明な花]
⑥右/悲哀+/興奮+/寛ぎ [鮮やかな花々]

青緑/安息+/落着き [無地&帯]

/喜び+/清々しさ [大きなチェック]

 そして、双方向コミュニケーションにおける対人認知の変容過程に関する社会心理学による知見[10]を踏まえ、横軸=友好-敵対、縦軸=支配-服従の2軸で張られる2次元対人認知平面上での、チョウチャン夫人の相互の相手に対する自己の態度状態を、本映画の流れに沿って①から⑧のステージについて順次埋め込んだのが次図「チョウとチャン夫人相互の対人認知の変容過程」である。図中、緑のブロック線図はチョウの、オレンジのそれはチャン夫人の相手に対する態度の変容過程を示している。

[No.99]人間生活と文化 (10) ― 「花様年華」の色彩に魅せられて_b0250968_20414019.jpg
 単なる隣人態度から始まって、次第に好意を抱くようになり、相互の恋愛感情と同情感情が芽生え、チョウは支配度を、呼応してチャン夫人は服従度を次第に強めあってゆき、ステージ5では中年の恋愛関係極致としての「責任-従属」関係に至っている。その後、チャン夫人の夫への気持ちの回帰が二人の態度を引き戻し、チョウチャン夫人への思いを残しつつ、自ら身を引いてゆくことになる。本映画の終末部としての別離の数年後にはチャン夫人は過去との繋がりを絶った新たな心情に至っているようにも見える。

 映画の主役二人の心の変容過程を、色彩感情や対人認知の変容の知見の助けを借りて、チャン夫人チャイナ・ドレスの色彩・図柄と絡めながら、読み解いてみたのですが、映画の制作者はもちろん、BBCのベスト100選定者の思いを、味気ないものにしてしまったことについては、お許しいただきたい。

【参考資料】
[1] 花様年華: Wikipedia
[2] in the mood for love:
  http://www.wkw-inthemoodforlove.com/eng/homepg/homepg.asp
[3] 川喜多映画記念館ホームページ:http://www.kamakura-kawakita.org/
[4] 「花様年華」あらすじ・ネタバレ結末と感想:MIHOシネマ
  http://mihocinema.com/mood-for-love-10773
[5] 「花様年華―過去は見るだけで、触れることはできない」: 映画古今東西シネフィルさとこの古今東西
    http://kokontouzai.org/movie/in-the-mood-for-love/
[6] 「インドストールの「色彩」でどのようなイメージ・感情を表現するか」:
  Webpage “pracya”, http://pracya.info/lifestyle/color-sentiment.html
[7] 松田隆夫・高橋晋也・宮田久美子・松田博子,『色と色彩の心理学』培風館 2014.
[8] 「プルチックの感情の輪」:Webpage “mixjam,”
  https://ameblo.jp/jam-inclusive/entry-12318758421.html
[9] 「感情に向き合う」: Webpage “ollow My Heart,”
  http://blog.goo.ne.jp/p-create-km/e/1cec411901409b902281705470abd701
[10] 中村和男,「社会行動現象へのシステム思考アプローチ」:社会心理学の新しいかたち(竹村編),誠信書房,
  2004.
                                <2017/12/25 記>
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by humlet_kn | 2017-12-25 12:06 | 解かる | Comments(0)

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